2026年5月24日【世界遺産 毛越寺】【曲水の宴】 日本で唯一の平安時代の遣水で行われる歌遊び
曲水の宴とは
曲水の宴は、「きょくすいのえん」 「めぐりみずのとよのあかり」あるいは 「流觴曲水(るしょうごくすい)」ともいわれ、奈良・平安時代に盛んに行われた歌遊びです。
毛越寺では古い文献に沿って「ごくすいのえん」と呼んでいます。
山水を池に取り入れるために造られた曲がりくねった水路(曲水)のことを遣水(やりみず)といいます。
この水路について、平安中期の作庭方法論書『作庭記』には「東より南に迎えて西に流すのを順流とす」とあり、毛越寺の遣水も当に作庭記に沿ったものです。
この遣水は、昭和58年度毛越寺庭園発掘整備事業の成果として発見されたもので、60年度に遺跡整備復元が完了、「流し初め」が催されました。
続く61年度、水源となる「滝つ瀬」が発見されその価値評価ともいよいよ高いものとなりました。
遣水の流れには「底石」「水切の石」「つめ石」「横石」「水越し石」などが作庭記に忠実な形で発掘され、全長80mと全国最大規模で完全な遣水の姿を優美に見せています。
毛越寺の曲水の宴は、この水辺で5月の第4日曜日に行われ、男性は衣冠(いかん)や狩衣(かりぎぬ)、女性は社(うちぎ)、十二単(じゅうにひとえ)など平安貴族さながらの装束を身にまとって参宴します。
歌題披露のあと雅楽『催馬楽(さいばら)』に合わせ重要無形民俗文化財の毛越寺延年の舞「若女(じゃくじょ)」が奉納されます。
そして杯を乗せた羽觴(うしょう)が遣水に流されると、水辺の歌人がそれぞれ歌題に従って和歌を詠み流れてくる杯を傾けます。
最後に講師(こうじ)が歌を披講し、宴が終了します。
平安時代の歌遊びを再現した「曲水の宴」
毛越寺で毎年開催される「曲水の宴(ごくすいのえん)」 は、平安時代の優雅な宮中文化を再現する伝統行事です。
庭園内を流れる「遣水(やりみず)」という小川に盃(さかずき)を流し、その盃が自分の前を通り過ぎる前に和歌を詠む、という平安貴族の遊びを再現しています。
全国でも最大規模の平安時代の姿を残す美しい遣水、平安絵巻のような装束に身を包んだ歌人、重要無形民俗文化財の延年の舞「若女」にもご注目ください。

進行と次第
◎本堂参拝・・・正午
◎曲水の宴・・・午後1時開始
◎水辺着座・・・装束の説明
◎開宴の辞・・・主催僧
◎歌題披露・・・十二単、歌題を読み上げる
◎催馬楽奉奏
◎若女の舞・・・催馬楽にあわせ舞う
◎流觴曲水・・・羽觴を流す
◎一觴一詠 ・・・羽觴の流れるのにあわせ歌を詠み、それを短冊にしたためる
◎御酒拝戴・・・童子の運んでくる羽 より盃をとり、御酒を飲む
◎披講・・・講師、正面席に着き披講する
◎終宴の辞・・・主催僧
◎退座
毛越寺 広報行事部長 南洞法玲さまに曲水の宴について取材しました。

毛越寺 広報行事部長 南洞法玲さま 気さくに取材に応じてくださいました。
曲水の宴はいつの時代から行わていたのでしょうか。
南洞さま「『曲水の宴』は奈良時代や平安時代の宮中行事として行われていたものです。
昔は3月3日に行われていた行事で、現在は平泉町内の行事が落ち着く時期であり、比較的雨も少ない5月第4日曜日頃に開催しています。」
もともとは宮中行事の一環として行われていたんですね。
曲水の宴のような宴が日々行わていたというより、3月3日に行われる行事だったということでしょうか。
南洞さま「3月3日に行われていたものだと思います。
また、平安時代の貴族である藤原道長公の邸宅にも、このような庭園があり、そこで宴を催していたという記録も残っています。
特に盛んだったのは奈良時代から平安時代の頃のようです。」
南洞さまにとって曲水の宴とはどのような存在ですか。
また見どころも教えていただけますか。
南洞さま「私は毛越寺の行事の中で、この『曲水の宴』が一番好きなんです。
やはり一番の理由は“美しさ”ですね。
新緑のやわらかな緑の中に、平安装束がとても映えるんです。
色彩も豊かで、本当に美しい行事だと思います。
また、『平安時代の人々はこんなにもゆったりと優雅な時間を過ごしていたんだな』ということを、実際に感じていただける行事だと思っています。
遣水の周辺だけ、まるでタイムスリップしたような雰囲気になるんです。
そこが私はとても好きですね。
見どころとしては、まず舞台で奉納される延年の舞の『若女(じゃくじょ)』ですね。
その後、歌人たちが遣水に流れる杯を眺めながら思いを馳せ、和歌を詠んでいく。
その空気感を一緒に体感できるのが、この行事の魅力だと思います。」
延年の舞の若女についても教えていただけますか。
南洞さま「延年の舞は、毛越寺の僧侶が舞い継いできた舞です。
演目はいくつかありますが、その中の『若女』は巫女装束で舞う、場を清めるような舞になります。
延年の舞は重要無形民俗文化財にも登録されています。」
歌を読み始めるの場面はいつからですか。
南洞さま「『流觴曲水(るしょうごくすい)』という場面で杯を流し始めると、歌人の方々が墨をすったりしながら歌を考え、短冊に和歌を書いていきます。
実際に歌を詠み始めるのは『一觴一詠(いっしょういちえい)』の場面からですね。」
曲水の宴は歌人の方々が身にまとっている装飾もとても素敵ですね。
南洞さま「冒頭、皆さんが船で遣水周辺のお席へ移動した後、『水辺着座』で装束の説明も行われます。
歌人の方々や十二単姿の方々が、どのような装束を身につけているのかを解説するんです。
例えば、十二単は何枚も着物を重ねているので、『全部で20キロくらいあります』といったお話も衣装を担当している京都の『黒田装束店』さんが、実際に説明をしてくださいます。」
雨天時はどうなるのでしょうか。
南洞さま「基本的には雨でも開催します。
ただ、お船での移動ができなくなる場合がありますし、本降りの場合は本堂内で実施することもあります。
過去に一度だけ本堂で開催したこともありますが、その時以外は『その曲水の宴の時だけ雨が止む』ということが多いんですよ。」

実際に使われる羽觴(うしょう)
最後に
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
毛越寺「曲水の宴」は、華やかな祭りとはまた違った、平泉ならではの“雅(みやび)”の世界を感じられる特別な行事です。
世界遺産の浄土庭園を舞台に、平安装束や雅楽、遣水に流れる盃など、まるで千年前の平安時代へタイムスリップしたかのような幻想的な空間が広がります。
平泉を代表する祭事の春の藤原まつりや平泉水かけ神輿、最近では平泉ジャズフェスティバルなど賑やかな祭事だけでなく、このように静かに歴史や文化を感じられるのが毛越寺「曲水の宴」です。
実際に現地を訪れることで、写真や映像だけでは伝わらない空気感や美しさを体感できるはずです。
ぜひ平泉を訪れ、毛越寺「曲水の宴」で、ゆったりとした時間と歴史ロマンを味わってみてはいかがでしょうか。


